すべてのものは紙一重

この短い人生の中で、幸か不幸か、何度か社会を騒がすような大事件を身近に見てきていつも思うことは、不祥事とか事件とかってのは日常と紙一重ってこと。世間は、とんでもない悪人がしでかしていると思い込んでいるようだが、それこそ世間知らずも甚だしい。

ひょんなことから連鎖的に、あるいは惰性で不祥事とか事件というのは起こっていく。きっかけはほんのちょっとしたこと。偶然が重なることでこういった事件は起こる。ある意味で自然の神秘のようなものに近い。必然的なものも全く見いだせないわけではないが、それは物事がある程度進み始めて、止めるに止められない状況になってからでないと見分けるのは難しい。組織の誰も止められない。惰性と自然の法則で物事は進んでいく。

ブログとかでそういう事件を見つけては、マスゴミと一緒になって自分が正義になった気で批判とかをしている奴をみると、こいつ本物のバカだな、と笑ってやりたくなるものだ。

正義もいない、悪もいない、すべては運と偶然と時間の流れ。ただそれだけだ。いつも側にあるのは紙一重の危険性。逆に言えば、そうやって生きざるを得ないのが人間というものだろう。