河上和雄氏の見解から読み取れること

m3.comの記事を見ることができる方はアクセスしていただいたらいいのですが、ワイドショーなどでおなじみの元東京地検特捜部長、河上和雄氏が厚労省の医安調の第三次試案に対してコメントを出しています。

一部を引用しますが

医師や医療関係者から刑事罰から解放して、医学の発展のために医療事故の原因究明などを行う。そういう考え方を進めていくと、医師や医療関係者が何をしようと、犯罪にはならないことになります。しかし、それでは世論の支持は受けられません。特に医療過誤で家族を亡くした遺族にとっては納得できないわけで、あり得ないことです。

厚労省が医師の立場に立つことは必要でしょう。それはいいのですが、医師の立場に立ち、刑事罰や民事罰から医師をできるだけ遠ざける、調査委員会が一手に引き受けるという形で厚労省の権限を強化する方向性を出したのが第三次試案だと思っています。それも法律を無視して、厚労省の力が及ばない警察・検察に対して、調査委員会の言うことを聞かなければならいないとしています。

彼の言い分を現在の警察検察の考え方と同一と考えるのは早計ですし、今回の試案を出すに当たっても警察検察と厚労省の間である程度の合意があったはずですが、彼は警察検察側の一般的立場として厚労省案の「まず調査会→警察に通知」の手順に対して疑問を唱え、「警察・検察は医師の過失を追及するべきだ」と考えていることがよく読み取れます。

今回の厚労省の第三次試案は第二次試案に比べればかなり医療従事者側に配慮した試案になっているので、やはり警察検察としては不満が大きいということを物語っています。やはり予想通り法曹界から反発が出てきたなぁという感じです。

第三次試案では、調査委員会がまず医療事故の調査を一括して行い、故意などの事例は警察に通知し、そこから捜査が始まるという仕組みを想定していますが、果たして警察や検察は了解しているのでしょうか。
 こうした仕組みを作るためには、刑事訴訟法の改正が必要ですが、第三次試案では触れることができなかったのでしょう。刑事訴訟法上では、警察や検察が捜査権を持つと定めています。第三次試案では、調査委員会の通知がないと捜査ができないような書き方をしていますが、これは法律を無視するものであり、到底受け入れられないでしょう

先日のエントリでも指摘しましたが、本当に医療者の望むように医療事故を扱おうと思えば「刑事訴訟法」という六法の一つを改正する必要があります。ところが、そんな大きな法律を改正するとなれば、医療とは関係のない各所(特に一般法曹界)との調整が必要となり、現在の縦割り行政と人手不足極まる厚労省ではとてもではないが2、3年で制度を作り上げることはできません。下手すると10年以上かかるかもしれません。第三者機関の早急な設立は増え続ける医療裁判や刑事介入を懸念して医療界自身(特にハイリスク科)が強く望んだものですし、そんな悠長なことは言ってられないわけです。したがって法律的には警察検察の従来どおりの医療への介入の余地は残しつつ、運用上の配慮でなんとか介入を抑制し、ハイリスク科の負担を楽にしよう、というのが厚労省の考えでしょう。

河上氏は今回この「法律上と運用上の齟齬」という微妙な部分に、「警察検察の医師への過失追及を制限するな」という視点から噛みついてきたわけです。医療がこの齟齬に対して「医師の過失追及の可能性が阻却しきれていない」という視点から懸念を表面しているのとは逆に。ここに警察検察vs医療界、そしてそれをなんとか調整しようとする厚労省という三者の構造を見出すことができるのです。本当の敵は厚労省ではない、警察検察なのです。


余談ですが、河上氏の疑問に一つ答えるとすれば、検察警察は医師の責任を追及したいと思っていることは確かです。しかし、昨今のハイリスク科の急激な崩壊や警察関係者・法曹界関係者への防衛医療の実施などにより、警察検察は医療事故に対して強気に出ることができなくなってきています。また、医療関係の裁判では過失を立証することが難しく、不起訴や無罪判決が多く出るため、警察検察としては実績になりにくく、割に合わない傾向があります。さらに、医療関係の裁判は専門的な知識が必要なため、捜査に必要な刑事が確保できず、捜査が追い全く追いついていないという実状があるのです(参考記事(FACTA))。これらの事情から検察や警察も実は医療事故の絞込みを望んでいます。過失が追及できる可能性が高いものについて、そこに全力を投球して他の事例については医安調と民事的な解決に委ねたいのです。だから、今回も厚労省の提案に協力していると考えられます。もし、そういう動機がなければ厚労省の動きはどうみても自らの権力を奪い取るものになるわけですから、協力するわけがありません。背理法から「警察検察も事件の絞込みを望んでいる」と読み取ることができます。