医療界が行うべきこと

新小児科医のつぶやきをみて思ったこと。
「パイを取り合うときに業界の主張をする」というのは今でも政治ならば多少の力を持ちえますが、もはや行政に関してはそういう時代ではなくなったと私は思っています。

むしろ、行政は各省庁が財務省から出された宿題をいかにして業界を納得させながら押し付けるかという方向に変わりつつあります。政治主導、官邸主導を目指す小泉・安倍改革が長く続き、行政もボトムアップ型からトップダウン型に変わってしまいました(頂点に君臨するのは経済財政諮問会議と官邸です)。業界への天下りや癒着が取りざたされて公務員バッシングが激しくなるたびに、官僚たちは自らを守るために関連業界ではなく、強い財務省・経済界や効率化を求める国民に従順していく方向に動いています。最近の官僚は多くの国民が考える以上に、国民の視線を非常に気にしながら仕事をしています。国民の方向を向かなければ自らの地位、職すら危うくなりますからね。

従って「〜しろ」と業界主張をする業界というのは、調整役である官僚にとっては「うっとうしい抵抗勢力」でしかありません。もはや、かつてのような業界と行政の友達意識というのは殆んどない、むしろ完全に敵対関係になりつつあります。利権政治が比較的強い農水や国交では友達関係が残っているかもしれませんが、業界に不祥事があるたびにそれも弱くなっている印象があります。実際、和歌山では談合事件という不祥事をきっかけに、行政も業界からそっぽを向き、赤字覚悟の熾烈な受注競争が始まったといいます。

個人的にはこれからの時代は(政治転換がない限り)おそらく業界と行政の間はバーター取引が主流になると思っています。業界がこういう痛みを受け入れるので、業界からのこの願いだけは聞いて欲しいと。行政に対してこちらから出すものなしに主張しても敵対関係がますますひどくなるだけのように思います。(ざっと見ていると医療界にはこの点から目を背けている方が多いように思います。日医の過去の活動の影響もあって、厚労省は基本的に医師を敵視しているという事実を直視しないといけません。これは医療政策の現場を見てきたものとして明言できます)

官僚というのは業界に関連する法律を握っているので、基本的に業界を全体的に見下ろして制御する立場です。ただし、政治家と強い世論には頭が上がりません。もし、業界主張をするのならば官僚ではなく政治家経由、国民経由の方が賢いと思います。ただ、政治家が動いてくれるためにはある程度の国民、地域住民の同意というものも必要です。さらにその政治家の働きかけが実際の政策に反映されるためには、その政治家が「担当省庁(医療ならば厚労省)に強い影響をもち」「財務省や経済界にもある程度の影響をもち」「さらに内閣にもそれなりの影響を持つ」必要があります。

医師の大同団結は必要ですが、その組織活動の方向性が政治家や国民ではなく厚労省に向いている現状に私は違和感を感じています。もし、本当に自分たちの主張を通したいのであれば、厚労省を批判するだけではなくて、ちゃんと出すものを出したり(これは国民から批判を受けかねないような官僚に対する利権ではなく、官僚が財務省の宿題をする上で必要な「業界の痛みや自律」のことです)、政治家に働きかけたり、あまり医療崩壊を知らない国民に対しても事実を説明し、理解を求めていかなければなりません。それなくして医師の主張が通ることは現在の政治・行政機構から考えて、ほぼあり得ないと思います。医師にとっては辛いでしょうがこれは避けて通れない道です。ただでさえ、医師に対する国民の目というのは厳しいのですから。

医師不足も医師が定員増を強く求めたので、地域枠を広げて定員を増やしたと解釈している人もいますが、それはほぼ間違いです。医療崩壊を起こしている地域の住民や、医療体制構築に悩む都道府県、マスコミがこの主張に賛同し、強い世論になったからこそ認められたのです。しかも、渋々ね。地方民の強い支持がなければ単なる医者のワガママで済まされていたことでしょう。ただし、医療費増については国民負担の増大につながることがほぼ確実であり、現時点であまり国民の支持を得られていませんから、今回の医師数の増加はいずれ医師一人当たりの給与の減少となる可能性は高いと思います。自分で自分の首を絞めるようなことにならなければいいのですが。

とかく、政治家か世論あるいは官邸の支持がなければ、どれだけ業界だけが頑張っても行政は基本的には変わりません。そういう時代になってしまったのです。公務員バッシングと小泉改革で。小沢民主になって変わるかもしれませんが、「霞ヶ関解体」ということでスタンスとしては官僚を政治のコントロール下に置くことを目標にしていますから、今よりもこの傾向が強くなると思います。これからのカギは霞ヶ関ではなく、「世論と政治家の支持、賛同」です。だからこそ、国民の視点も頭ごなしに否定するのではなく、ちゃんと参考にしていって欲しいのです。

もっとも、医師の中には士気喪失でほとんどあきらめ顔の人々も多いので、まぁこのままズルズル崩壊していくのが宿命なのかもしれませんけれどもね・・・。しかし、医療崩壊して焼け野原になり、医師に有利な状況が生まれたからとて、多くの医療を受けられなくなった国民は、職務を放り出して逃げたかのように見える現場の医師を恨むだけでしょうから、その後の医療現場というのは暴力事件などが横行し、理想からはかけ離れた暗いものになることは間違いないと思います。元内科医先生から指摘されたことを吟味してみたのですが、崩壊後とはいえども病院がストップするようなことになれば日本の場合は政府よりも、現場の病院と医師に真っ先に怒りの矛先が向かうでしょうからね。上尾事件のように医療側に犠牲者が出ないか非常に心配です。

医師は国鉄職員とは違って限界まで働いていることに間違いはないと思います。立ち去り型サボタージュ・防衛医療という形で順法闘争してもいいと思います。しかし、医師に対する国民の不満・不信感が募っている、医療界への改革への圧力が強い、という現状を考えると取り巻く状況は国鉄とあまり変わらないのではないかと思います。

将来を予測して書くたびに嫌になりますね・・・。

僕自身は今は医学生ですから医師と同じ活動をするわけにはいきません。むしろ、医師と一般国民の中間地点の人間として、どちら側の立場から見ると相手側はどう見えているのかということを、できるだけ客観的な視点で分析して書くようにしています。医療者にとっては「なんだコイツ」と思われるかもしれませんが、いずれ医師が大同団結して活動していくことになると、その活動内容は国民の目にさらされ議論や批判をされることになりますから、あらかじめ「敵の視点を知っておく」「最終的な妥協点を考えておく」ということは活動をより効果あるものにする上では重要なことではないかと思います。

ここで書いていることは基本的に私の本当のホンネではありません。あくまで参考情報です。