そんなつもりはなかったが・・・・

とある科目(法○学とか)のPBLがありました。最初の方は普通にその科目のPBLだったわけですが、最後の方で少し脱線した討論会があり、そのテーマは「医療事故に警察が介入することの妥当性」「救急たらいまわしへの対策」でした。テストには重要ではないということで、準備をしている人としていない人が極端に分かれ、発言したがる人も少なかったために先生がメインで解説をしていて、その説明も比較的妥当だったのですが、この系統の問題には僕がピリピリしていることもあって、ちょっとしたことに突っ込んでしまいました。

ここで言い訳します。別にいじめるつもりはなかったんですよ。単に「仙台で医師が逮捕される事件がありましたよね。知ってますか」ってのを聞いて「仙台」という部分に疑問を抱いたわけです。で、もしやと思って「それって、大野事件ですか?」と聞くと「そうです」と返ってきたので、思わず「あれは福島です」と突っ込んでしまったわけです。うちの学年では出席率が低いということもありますが、学生が先生の間違いを指摘するというのはそんなに多くなくて、突っ込んだ瞬間に同級生がどっと笑ったんですね。別にそんなつもりはなかったんですが、みんなの反応が予想外で結果的に恥をかかせてしまいました。この場で深く謝罪いたします。

あとで、同級生から「結構きつかったなぁ〜、あのツッコミ。さすが、やるな〜」と言われてしまいました。う〜む。反省すべき点があるかも。

ちなみに解説中ではいわゆる医療事故調の話題が出ていて、「医学界も厚労省も第三者機関による究明という方向で動いています」という無難な説明でした(事故報告書の刑事裁判等への使用を巡って紛糾していることには触れず)。

個人的な見解ですが、日本では事故報告書を刑事裁判等で使うことを禁止するということは現実的に難しいと考えています。まず、そういう法律を作ること事態が遺族や国民の反発を招き、立法の過程で立ち往生してしまう可能性が高いことが一つ。最近の社会の風潮はもはや医師はそもそも悪いことをしでかすものだという性悪説になっているためです。もう一つは、安全の向上のためには事故報告書を公表し、多くの医療従事者にその教訓を提示する必要がありますが、公表するということは警察や遺族も閲覧することが可能になってしまうという点です。無論、医師や看護師限定で報告書を閲覧できるようにするという方法はないわけではありませんが、マスコミは「知る権利」を振りかざして黙ってはいないでしょうし、m3.comの事件からも分かるように別の医師が遺族のためにそれをダウンロードして手渡すということは十二分にありうることです。報告書の閲覧が可能になると、書類自体の使用を禁止したところで、それをあくまで“参考”にして独自に捜査を進めればよいことになりますから、結局はその報告書は刑事責任の追及に使われることになります。そして、極めつけは刑事裁判での利用が不可能になれば、事故調の調査よりも警察の捜査が優先されてしまい、原因究明につながらない点です。これは航空鉄道事故調査委員会が発足当時抱えていた問題とも大きな関連があります。重大事故が起きて調査官が現場に行くものの、すでに警察がほとんどの証拠物件を押さえてしまい、証拠を持ち帰って自由に調査を行うことが不可能だったのです。現在でも法律上は事故調の調査よりは警察の捜査の方が優先されることになっていますが、最近は警察との協定があるのか、事故調の重要性が認識されたためかその辺はマシになっているそうです(結構仲良くやっているとの報告もある)。しかし、このような警察と事故調の相互尊重が実現するのも刑事裁判に事故調の報告書の利用を禁止していないがゆえのものであり、もしこれが利用禁止となればこのような協定はまず成立しないでしょう。今回の厚労省の第二次試案で注目すべき点は、「診療関連死の場合、警察ではなくまず調査機関に届け出る」ということを制度として考えている点です。その上で、必要な場合にのみ警察に通報するとしています。航空鉄道事故調では事故情報はすぐに伝わるということもあって、警察の捜査と事故調の調査は並列するものでしたから、それに比べると医療事故調には現時点では「刑事事件への振り分けを担当するフィルター」という相当強い権限が与えられていることになります(警察庁は反対気味ですが)。これは「これまでの議論の整理」の中にもあったように、診療関連死の捜査が指紋の採取といった現場の証拠保全ではなく、臨床的な評価を主とするものだからこそ可能になる制度と私は理解しています。このような強い権限を調査機関に与える以上、警察はその捜査権限を実質的に奪われるのだから、刑事裁判で事故調査報告書の利用の可能性を阻却するべきではない、行政処分もきちっとやって欲しいというのが警察庁や遺族の考えるところかと推察します。すなわち、私が推測しているのは「警察は捜査の権限を一部放棄する代わりに、報告書の刑事裁判への利用を強く求めた可能性がある」ということです。

以上の理由から、政策立案として事故調の報告書を裁判に利用できないようにする制度を作るのは難しいのだと私は考えています。そもそも、最近の小さな政府の流れで新しく組織を作るということ自体が難しくなっています。関係する他省庁の反発もある中で、医療者や安全の観点から理想とする事故調査組織を設立するという自体、至難の業であるということを理解しておく必要があると思います。

最近ではこんな制度ならやらない方がマシという意見も出ているようです。しかし、私はそうは思いません。もちろん、第二次試案の各所には安全向上という点では様々な問題点が見受けられます。しかし、今回の計画されている医療事故調の設立というのは、「警察による捜査→調査機関による調査」という流れを作るうえで重要な布石となるはずです。細かい問題点はありますが、そういう大きな流れを作っていくことは決して悪いことではないと思います。国民もいきなり医療過誤は刑事免責となれば反発しますが、徐々にそういう流れを作った上で、「医療事故は第三者機関が調査する」ということが既成事実化していけば考え方も変わってくるはずです。事実、航空鉄道事故調の鉄道事故に関しては、ARAICの設立から7年近くが経過しますが、多くの国民が「鉄道事故が起きれば航空鉄道事故調が調査するんだ」ということは知っていますし、それに反発する人もいません。過失事件においては免責が導入されないと正確な調査が進まないということやシステム事故では個人を罰する意味があまりないということを認識している方も多い。もはや医療崩壊は免れない以上、社会を変える運動に関しては急がば回れで5年、10年ぐらいかけて気長にやればいいとおもいます。

参考資料1
診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案−第二次試案−より

診療関連死については、全ての事例について委員会を主管する大臣がまず届出を受理し、必要な場合には警察に通報する(診療関連死の中にも刑事責任を追及すべき事例もあり得ることから、警察に対して速やかに連絡される仕組みとする。)。なお、本制度に基づく届出と医師法第21 条に基づく届出については、本制度に基づく届出がなされた場合における医師法第21 条に基づく届出の在り方について整理する。

追記:自民党案に反対しようと思っている医療者のために(民主党案を紹介)
医療事故調の創設は民主も賛成をしていますが、民主党の対案は明らかに患者・遺族寄りです。そもそも、調査が患者主導で行われることを明記していますし、「行政処分厚労省が、刑事処分は司法が厳正に実施」という文言すら盛り込まれています。また、医療機関は診療録の写しを交付することも盛り込まれています。対照表をぱっと見ても民主党は「(小さな政府の観点から)厚労省の組織肥大の阻止」と「患者救済、医療従事者への厳罰化」を目的とした対案を考えているようで、「真相究明」だとか「再発防止」だとかそういう面には焦点を当てていません。
厚労省案と患者支援法(仮)の対比