なぜ人々は企業と国民を対比したがるのか

かつてこのブログで何回も取り上げたので、飽きた方も多いと思いますが、色々な人と議論をして思うのは、経済にあまり明るくない人に限ってすぐに「企業」と「国民」を対比し、「企業はぼろ儲けだ」「企業増税を!」と叫ぶんですよね。でも、よく考えれば、企業が儲けたお金が最終的に国民(家計)の収入源であるわけで、企業増税すれば当然、国民の給料は減らされるわけです。なぜ、企業増税を叫ぶ人々がこのことに目を向けようとしないのか、そういう考えが浮かばないのか・・・私には全く理解できません。
確かに企業の株主にはいわゆる「お金持ち」の割合が高いことは事実であり、企業増税をすることで企業の最終利益が給料の減少以上に減り、配当金が大幅に減ることで後ろ向きの格差是正が期待できるという面はあるかもしれません。しかし、多くの企業増税論者はそういう指摘や説明をすることすらせず、単に「企業=悪者、国民=弱者」といった極度に歪曲された感情論を持ち出し、形式だけの妙な正義感ばかり振りかざしては、一方的に主張を押し通し、まともな議論すらできないことが多々あります。
ある意味、なぜ多くの人々が実は密接にリンクしている企業と家計(国民)との関係を見誤り、企業vs国民の構図ですぐに何でも物事を捉えたがるのか、不思議で仕方がない、詳しく研究してみたいとすら思うことがあります。
一つ、考えられることとしてかつて絶大な力を誇った労働組合が、企業と労働交渉する過程において、「サラリーマンvs企業幹部」という関係を強調したことが、一億総中流とも言われた日本の社会の中で、多くの国民に「サラリーマン=国民 vs 企業幹部=企業」という構図を刷り込ませた可能性はあると思います。しかし、労働組合が全盛期を飾った時代は終わりました。上場企業の幹部が企業を私物のようにコントロールできた時代も終わりました。いまや企業幹部もいつ株主総会でクビになるか分からない時代です。ある意味、社会主義から資本主義へ、日本の社会が大きく転換したのだとも言えるでしょう。
この大きなフレームシフトが起こった社会では、「企業vs国民」ではなく「株主(投資家)vs従業員」という対立の構図の方が本質的です。企業の利益は株主と従業員に分配されますからね(役員報酬は微々たる存在)。ところが、成熟した現代の資本社会では従業員もまた株主です。自社株を従業員に支給する企業も多くなりましたし、日本版401kなど年金資金も株式投資に積極的に参加しています。貯蓄から投資へ、という掛け声とともに国民の多くが株式や投信など、株式を組み入れた投資を行うようになっています(2006年度の個人株主数は3928万人。いわゆる一般的なサラリーマンでも投信の形で投資をしている人は多い)。このような社会情勢の中では「投資家vs従業員」という構図ですら明確ではなくなってきている、ということが言えると思います。
さらに、「儲けている」と批判の対象になっている大企業に企業増税を行えば、多くの企業は株主に一定のリターンを確保するために(そうしないと株価が低迷し、M&Aの対象になる)、従業員の賃金抑制だけでなく下請けや孫請けに納入価格の抑制を求めることになります。結果としてグローバル化に対応できず、賃金の抑制が続く中小零細企業に企業増税のしわ寄せが行くことになり、長期的にはさらなる格差拡大につながる可能性があります。一律的な企業増税による格差是正効果はあまり期待できないのでは?と私は思います。
ではどうするかということですが、日本の租税は大まかには企業に課税する法人税、個人の所得に課税する所得税、個人・企業を問わず、すべての消費活動に課税する消費税、そして資産に課税する相続税の4種類があります。法人税増税はあまり格差是正には効果がなく、長期的には格差を拡大したり、経済を停滞させる可能性があるため否定的です(実際に企業増税を唱えているのは議席をまともに確保出来ない弱小野党であることからも企業増税が支持されていないことが分かる)。日本は海外諸国と比べても極めて法人税率が高く(だいたい相場の2倍)、これ以上の増税は国際競争という観点からもよろしくはありません。一方で所得税や消費税については先進諸国と比べるとかなり低い水準です。相続税は諸外国並み。となると、所得税と消費税の増税によって増え続ける社会保障費をまかなっていくのが最も現実的かつ効果的な手法だと考えられます。特に所得税に関しては累進性があるので、格差是正の効果が期待しやすいでしょう。中間層に対しての課税強化は消費の低迷をもたらすことになりますが(年収600〜1000万円の世帯は限界消費性向が1に近いというデータもある)、たとえば年間5千万円以上の所得がある人は、それだけのお金を使いきることも難しいわけで(=限界消費性向が低い)、少々課税を強化したところで国内向けの消費が大幅に低迷するとも思えません(大抵そういう人のお金の使い道は海外ブランドの宝石であったり、高級車であったりする)。かつては所得税増税は労働者のモチベーションを下げると言われ、所得税増税はタブー視されたものですが、いまや格差によるモチベーションの低下の害悪の方が大きいわけで、高所得者の中には「自分はこれだけ貰ってもいいのだろうか」と疑問に感じる人も増えているといいます。最高税率の引き上げや税率区分の新規創設による累進性の強化が必要と考えられます。

私の意見をまとめると次のようになります

  • 法人税増税(企業増税)は中長期的には賃金の低い中小企業労働者へしわ寄せが行き、格差が拡大する可能性があることや、経済が停滞する可能性、グローバル社会における国際競争力向上の観点からするべきではない
  • 日本の所得税・消費税は世界的に見ても低い水準であり、増え続ける社会保障費をまかなうためには増税やむなしである
  • 格差是正のためには所得税の累進性の強化をすべきである
  • すなわち相続税→または↑、法人税→または↓、消費税↑、所得税↑(うち高額所得者↑↑)
  • 企業と国民の対比で格差を議論をするのはナンセンス。世代内あるいは世代間の個人所得や資産の対比で格差の議論をすべき