ヒステリー

自分勝手、クレーマー…医療事故被害者遺族をネットで中傷
通称、割りばし事件は確かに日本の救急医療を崩壊させるきっかけとなった事件ですが、ここまでくるとどう見てもヒステリーとしか思えませんね。医療崩壊自体は私も危惧はしていますが、だからといって特定の個人を、批判はともかく、中傷していいということにはならないと思います。一昨年ぐらいは私も医療界の運動に加担していた時期もあったのですが、色々見ていくうちにどうも医療界の行き過ぎた雰囲気に疑問を感じて、これらのヒステリー集団とは距離を置くようにしています。

というか、こういうヒステリーを起こすんだったら、彼らが批判している過激な医療事故被害者の行動を批判できないと思うんですよね。彼らと全く同じことをしているわけだから。(なお、以下の記述はあくまで私の個人的解釈で、医学的なものではありません)
医療事故の被害者遺族というのは、単に医療者が被害者を救えなかったことに対する不満だけではなく、おそらく事故によって大きな抑圧(事故に対して何も出来なかったことへの罪悪感?)を受けて、その抑圧から開放されたいと思うから、不条理までに大きなエネルギーを加害者に外向転化させるわけです。結果として、医療事故ではたとえ仕方がない面があることが分かっていても、直接治療を担当した医療者、特に医療の象徴である医師に対して強い怒りと批判をぶつけることになる。
一方、昨今の医療崩壊ヒステリーもなんとなくこれと似た構図が見えるんですね。割りばし事故などの有名な医療事故によって自らのフィールドである「医療」が攻撃を受けていることに対する不満だけでなく、医療が崩壊しつつある結果、自らの仕事量が増えたり、リスクを気にして積極的な行為が何も出来ない、あるいは崩壊する医療を食い止められないということに対して、一種の罪悪感や抑圧感のようなものを感じている。それが外向転化した結果、エネルギーが割りばし事件などの特定の象徴的な医療事故の被害者に向かい、こういうヒステリックな発言が出てくるんじゃないかと。

私が思うのは割りばし事故や大淀事件、福島事件は、医療崩壊のきっかけを作った事件に違いはないでしょうが、これらの事件だけが医療崩壊の責任を負っているわけじゃないと思うんですよね。というと、「厚労省だ」「マスコミだ」「司法だ」という人が出てくるのでしょうが、「厚労省」や「マスコミ」、あるいは「司法」も僕の感覚ではそれぞれ15%ぐらいしか責任を負っていない。やはり、ここ数十年、医療の進歩や死を日常生活から遠ざける風潮によって、国民全体が「人間の命」や「医療」に対して誤った感覚を抱くようになっていったということが、昨今の医療事故に関するトラブルの一番大きな原因だと思うのです。実際、私自身も医学部に入って色々な症例を聞いたり、そういう遺体を解剖するまでは、人間の命がこんなに儚く失われるとは思いませんでした。生死に関する感覚が大きく変わりましたよね。逆に言えばそれまでの「一般人」の視点では、生死について何も知らなかったということです。そういう意味では、死をタブー視するようになった一般人に代わって、「人の生死」を一手に引き受けてきた医療者もそういう誤った風潮に対して、なんら世間を訂正するような活動をしてこなかったという点で、大きな責任があるのかもしれません。

ちなみにこういうことを書くと、なんで厚労省やマスコミや司法の医療崩壊に対する寄与度を低く算定するのか、という批判を受けそうなので、予めちゃんと説明しておきます。
厚労省やマスコミや司法というと、何か特殊な地位の人のように見えるかもしれません。しかし、仕事のやり方や種類に特殊性があるとはいえ、多くは普通の人たちです。テレビや新聞のニュースを見ては、怒ったり悲しんだり喜んだりしている、そういう人々なんですよね。しかも、紙の上で死を扱うことはあっても、実際に他人の死体に触ったり、メスを入れてみたというような人は医系技官を除いてほとんどいないはずです。つまり、自分の仕事に対する感覚というのは国民とは違うかもしれませんが、医療事故死に対する彼らの感覚というのは、基本的に一般の国民とほぼ同じなのです。
従って、私は彼らの政策や論評が医療崩壊に対して大きな責任を負っているということは否定しませんが、その政策や論評が一般の国民と同じ感覚を入力とし、官僚機構やマスコミ、司法のシステムという計算機を介して算出されたものである、ということを考えると、厚労省やマスコミや司法などの計算機システムそのものが崩壊に対して負っている責任、というのは決して大きくなくて、入力たる「一般国民と同じ感覚」というのが主犯人だろうと思うんですね。それが証拠に、一般の国民も医療事故をきっかけとしてマスコミの洗脳だけで形成されたとは思えない、強い医療不信を抱いているわけです。色々な計算機に対して同じ入力を入れて、いつも意図しない不満足な結果しか出てこないのであれば、計算機が悪いのではなく、入力が間違っていると考えざるを得ません。
つまり、私の考えを整理すると次のような図で表されます。

そういうわけで、私はどなたかがおっしゃるように短絡的に「厚労省やマスコミ、司法が医療を殺した」なんてことは言いたくありませんし、それは間違いだと思います。