「後出しじゃんけん」だからこその事故調査報告書

私にとってはかなり思い入れの深いJR事故ですが、また新しい問題が出てきたようですね。

先輩後輩の馴れ合い、見返りは鉄道模型やチョロQ 福知山線脱線情報漏洩
鉄道模型チョロQのおみやげ、というのがなんとも可愛らしいですが(受け取るほうも受け取る方・・・)、事故調に独立性の問題があるのは否めません。でも、これは完全に防げるものでもありません。そもそも、鉄道事故や航空事故、医療事故は非常に専門性が高い領域です。また、現場の実情というものがやはりあって、理論だけを知っていても実務に携わった経験が無ければ、有意義な提言や改善勧告をすることは出来ません。従って、安全委員会の委員の中には、どうしても事故を起こした会社に所属していた人間や、取引関係にある会社の関係者が入ってきてしまうのが実状です。専門性が高く、狭い業界だからこそ起こる問題ですが、逆にこれをなくそうとして実務も知らない人間のみで、現実離れした事故調査をやらせるのは本末転倒というものです。事故調を運営する上では、この問題はやむをえない側面があります。せいぜい、規則で接触を禁じるぐらいしか対策はないと思いますね。

さて、山崎前社長側が要求した「ATSの設置があれば防げた」の削除要求ですが、これはある意味で正しく、ある意味で間違っています。すなわち、事故報告書というのは本来、刑事事件などの責任追及に使われるものではなく、未来に向かって同種の事故を防ぐために作成されるものです。表紙にも「これは事故の防止を目的とするものであって、事故の責任を問うためのものではない」とちゃんと書いてあります。

ところが、日本のとんでもマヌケな司法制度のおかげで、事故調査書は責任追及を行う裁判に積極的に利用されています。事故報告書に基づいて罪が決まる仕組みになっているのです。当然、関係者は責任追及を恐れて事故調査に非協力的になりますし、自分に不利な文言が盛り込まれないように今回のような働きかけが行われるようになります。なんのために事故調査をやっているのか、と言いたくなります。

こうした事態を防ぐには関係者の免責以外に方法はありませんし、海外では真剣に検討されています。そもそも私は一般の過失事故に対して、再教育にもならないような懲役刑を加えること自体がおかしいと思うのですが(国家による「日勤教育」と一緒ですからね)、昨今の「厳罰原理主義」のお国柄ではそれすらまともな意見として認められません。(ちなみに私はダイヤの問題等について事故以前からJRを批判してきましたし、遺族主催の集会にも毎年のように出席して少額を寄付していますが、関係者の刑事処分については一貫して反対の立場です)

それはともかく、再発防止を目的とする事故調査報告書には、今後より良いシステム作りをしていくために、本質的に「後出しじゃんけん」的な文言が盛り込まれるべきです。「本当はこうすべきだったのかもしれない」と。しかし、その事故調査報告書が現実問題として司法の場で責任追及目的に悪用されている以上、関係者の萎縮を防ぐためにも「後出しじゃんけん」的な文言は盛り込まれるべきではありません。

山崎前社長側が要求したことは、建前の上では間違っていますが、現実の上では正しい行為ともいえるのです。

実は同じことは医療でも起きています。事故を含め予期せぬ事態が起きたときに、医療側は「もしかしたらこうしていたらよかったのかも」という「後出しじゃんけん」的なことは頭の中では思い浮かべています。しかし、それをまともに言えば訴訟で不利になるばかりか、場合によっては「予見可能だった」とかいって警察に逮捕されることすらあるので、それについては一切黙っているのです(これは憲法で保障された当然の権利です)。

本当はこういうことは、周りの医療者にも知らせて、今後の医療の質の向上のために役立てる貴重な体験談です。しかしながら、責任追及という悪魔がそれを阻みます。なんとも皮肉な世の中です。未来の子供たちの財産を奪ってまで、「もはや過去の人」の責任を追及すべきなのでしょうか?

色々な事故の問題を考えるとき、私はいつもこのことが気になっています。

※ちなみに・・・
ATSの設置で事故が防げた=新型ATS(ATS-P)を設置すべきだった、というわけではありません。事故当時の福知山線に設置されていた旧型のATS(ATS-SW)にも、分岐部での速度超過を防止する目的で、制限速度以上になれば自動的に非常ブレーキがかかる仕組みがあります。細かく言えば、二つの地上子の間を0.5秒以内で通過すると非常ブレーキが作働するようになっていて、SW区間でも分岐直前に設置されていた箇所は結構ありました。しかし、これはあくまで分岐部における過速防止目的や駅付近の絶対信号機での過走防止目的で作られた仕組みなので、カーブ、しかもR300クラスのカーブに使うという発想はほとんどなかったのだと思われます。

事故後、国交省は全国の鉄道会社に対して速度照査機能のついたATSを設置するよう通達を出したのですが、中小私鉄や第三セクターなどは経営が厳しく、トランスポンダー技術を使った新型ATSにはとても手が届きません。にもかかわらず、新聞等では「新型ATSで事故は防げた」というようなことを言ったので、無理して導入した会社もあるようです。事故は速度超過だけで起こるものではありませんから、ATS設置にお金がかかった分、別の部分にしわよせがいっていないか真剣に心配しています。

※※まったく本題から外れますが
大阪空港で滑走路の誤進入が多いことから、STOP標識の運用が開始されたそうです。管制との交信についても、14L/32Rの横断許可を14R/32Lの脱出指示と同時に出していたものを(具体的には「turn right W9, cross runway 32R, contact ground 121.7」)、管制官によっては脱出指示を出して、それをパイロットに復唱させてから、横断許可を出し、再度復唱させるというような交信の仕方(具体的には「turn right W9」「cross runway 32R, contact ground 121.7」)に変えた管制官もいるようです。手間はかかりますけどね。ちなみに大阪空港は構造上の問題もあって、滑走路横断の許可をgroundではなくてtowerが出しています。

でも、やっぱり32Lと32Rの言い間違いはあるように思えます(両方「ら」行だし。なんで英語は左右がこんなに間違えやすい単語になっているのやら・・・)。