欲がないのはその方が楽だから

NHKの「日本のこれから」という番組で、若者の草食化が話題になっていましたが、私は一人の若者としてこの現象が特に不自然なものだとは思っていません。私自身もどちらかというと草食系でしょう。

草食系の最大の特徴は「欲がない、低い」ということです。節約を好み、コンパクトに生活をまとめ、お金や手間のかかる恋愛や人付き合いはしない。これらはすべて欲のなさから来ていると考えられます。

ではなぜ欲がないのか。それは今の若者が育ってきた環境に大きな原因があると思います。草食系といわれる世代の多くは1980年以降に生まれ、バブル崩壊後の「失われた10年」に多感な時期を過ごした人々です。彼らは先の全く見えない不景気の中で育ちましたから、いくら欲を持って「○○がほしい」と親にねだっても、「この不景気を見なさい!家計も厳しいのよ!」という一点張りで拒否されることが多かった世代です。また、世間全体に於いても高度経済成長期のように「頑張って豊かになれば今手に入らないものも入る」といった確信のようなものは一切ありませんでした。隣国の中国が安い労働力で日本の労働市場に脅威を及ぼし、常に先の見えない不景気とリストラが続くだけ。

彼らは通時的にも経時的にも欲がかなえられる、という経験をすることが少なかったのです(将来への希望の確信はそれだけで欲がかなえられたのと似た経験を人に与えるものです)。欲がかなえられなければ、そこには常に葛藤が生じます。葛藤は人間の精神にとっては不快なものなので、人々はそこから目を背けたり、その原因を取り除くことに必死になるものです。そしてもがき苦しんだ彼らが成長する中で気づいたこと、それは「そもそも欲を持たなければ、かなえられなかったときの葛藤に苦しめられなくて済む」ということでした。そして「欲を実現するエネルギーよりも欲を抑えるエネルギーのほうがはるかに少なくて済むんじゃないか」ということにも気づいてしまったのです。

したがって欲がないというのは、決して生物学的におかしな現象ではなく、彼らが「失われた10年」という環境に適応していった結果なのです。事実、最近の若者は無理をすることもなく、ごく自然に欲を消すことができます。まるでそういう能力が初めから備わっていたかのように。

私などは、いわゆる伝統的共通価値観内での欲(地位とか名誉とか金とか)はあまりありませんが、誰も見向きもしないニッチ分野を探し求めたいという欲がありますので、その点では彼らにはかなわないのかもしれません。