神の存在と死生観

最近、いろいろ考えて思うのですが、宇宙の真理すなわち神のような存在は否定できないのではないかと思います。
昨今、リスクと安全に対する無理解や死生観の喪失というものが日本人の間で顕著になっており、様々な業界に悪影響が及んでいますが、日本人の大部分が無神教であることとこの現象は決して無縁ではないように思います。この世の中にはやはりどう頑張っても防げ得ない、抗しようのない定められた規則のようなものがあるのです。私はこれがいわゆる「神」であると解しています。人の姿をしたとか、そういうものは私は「神」とは違うと思っています。

この世界には誰もが御しようのない神の領域がある。かつての人類にとって、その領域ははるか遠くのものであって、到底達しようのないものであった。しかし、技術が進歩するにつれて、人間が到達可能な範囲は神の領域により近づき、遂に神を凌駕するかの如き勢いとなった。結果として人々は神の領域は人間の手中に納まったと考えた。しかし、本質的に人間は神の領域を制御することは出来ない。人々は本来は神が負うべき不幸の責任を、その領域を御していると思い込んでいる人間に向けた。結果として、その人間は不条理な責任を背負い込まなければならず、その言いようのない矛盾に苦しみ、心理的にも疲弊し、やがてはシステム全体の崩壊へとつながる。

かつて日本人の多くは形ながらも仏教や神道を信仰していました。ところが、戦後日本が技術的にも経済的にも発展するに従い、その信仰は急激に失われていきました。今や多くの日本人は宗教に無関心であるだけではなく、宗教の枠組みを越えた「神」という言葉にまで潜在的な嫌悪感を持ってしまっている状態です。それと同時に、昔に比べて死に対して何か「神」以外で納得のできる答えを粗探ししようとする傾向が強まっているように思うのです。

もちろん、宗教には強く信じるという宗教の特性から発生する宗教間戦争という厄介なものがあります。しかし、「神」の存在を信じるがゆえに目の前の現実を現実としてそのまま受容することが可能になるのです。死生観の喪失、もちろんこれには死が身近でなくなったということも原因の一つになっているとは思います。しかし、実際は「信仰の喪失」というものが最も大きく影響しているのではないか・・・そう感じる今日この頃です。