たまにツッコミを入れることにしよう

関西人の特徴としてボケ・ツッコミがあるわけですが、まぁボケというのは冗談だと分かる環境でやらないといけないわけで、関西人の前以外でボケると逆に引かれたりすることがあります。
しかし、ツッコミというのはいわゆる反論の手段として一般化されているため、ボケに対して突っ込もうが、普通の意見や文章に対しても突っ込もうが構わないわけです。自由度が高い。
そこで、いろいろなものにツッコミを入れていくのも面白いかなと思っています。ツッコミ対象としては医療ネタから政治ネタまで色々あるのですが、一つの候補として政府や健保連のデータと日医総研のデータにそれぞれツッコミを入れていくのも面白いかなと考えています。

ここで注意すべきは、誘導的な要素をできるだけ抑えて客観的な視点でツッコミを入れないと行く必要があるということです。そもそも厚労省健保連は医療費抑制の意図を持っています。一方で日医総研は利益団体である日医のシンクタンクですから、医療費増加の意図を持っています。当然、双方においてデータがゆがめられる可能性を秘めています。理想的には統計調査は中立的なNGOが行うのがいいのですが、財源や調査協力の問題もあり、なかなか難しい。すなわち完全に中立的な統計調査を行うことは不可能であるということです。

医療ブログでは日医総研の研究報告などを参考に主に政府系のデータにツッコミを入れている方が多いようですが、では逆に日医総研のデータにツッコミが入れられているかというと、勤務医vs開業医の視点においてのツッコミがほとんどで、その他の視点については総研のデータがあまり検証されていないという問題点があります。特に開業医では陰謀論が渦巻いているせいか、政府系への不信が強く、その心理的作用により、「厚労省のデータ=間違い、総研のデータ=真実」と考える方が多いように思います。しかし、政府と日医が全く逆の意図を持っていることから、常識的には双方の主張の間に本当の真実があるはずです。

私は統計の専門家ではないので、学術的な観点からのツッコミは難しいですが、あくまで各種の報告書を見て自分が率直に疑問に思ったことを指摘することにします。

手始めに日医総研のこの報告書
第2回日本の医療に関する意識調査
まずは3ページ。「医療の満足度の議論においては『受けた医療』と『日本の医療全体』を区別すべき」という主張自体は一般感覚とも合致しており問題がないように思いますが、数字に関しては調査対象を誰にしているかが不明です。今回の調査では多くの医師も対象になっているため、このデータに医師のデータがそのまま入っているとすれば満足度の数字には信頼性がありません。特に診療を受けた時期のnの合計は1274人となっており、国民・患者・医師のどの数にも一致しません。
このデータ(を信用するとして)で興味深いのは世帯年収が400-600万という最も所属人口が多い世代において受けた医療の満足度が下がっていることです。何が影響しているのでしょうかね。

次に4ページ。そもそも、これは厚労省の施策にもいえることですが、かかりつけ医の定義がいまいち曖昧です。確かに「何でも相談できる」とか「家族ぐるみ」などの定義はあるようですが、一般人の感覚ではたとえその先生のことをかかりつけ医と思っていても「その診療科の病気と思われるものについて何でも相談できる」ぐらいで、その先生に本当にすべての病気を相談できるかというと甚だ疑問です。実際に腰痛を持つ患者さんは多くの場合、整形外科のかかりつけ医を持ちますが、たまに風邪を引いたときに整形外科に行くかというと、決してそうではなくて近くの病院に行ってみたり、病院が混んでいるときは開業の内科医に行ってみたり、耳鼻科医に行ったりするわけです。標榜しているのが整形外科なのですから、風邪で整形に行こうとは思いません。もっともよく風邪をひく人ならば内科や耳鼻科のかかりつけ医を別に持っているとは思いますが。
その点を考えれば、「かかりつけ医を持っている」という欄に○をつけるアンケート回答者の中には様々な意味で「かかりつけ医」を捉えている人がいるはずで、この数字を利用するときには注意が必要です。

あと、ここから先はツッコミではないですが、特に若い世代の一般市民が診療所のかかりつけ医を持たない・持てない理由として私がよく思うのは(あくまで仮説ですが)

  • 自分の近くにどんな診療所があるか分からない

先日googleの地図等で自宅周辺を見てみたのですが、近くにこんなに診療所があったのかと驚いてしまいました。特に歯科医院。この多さにはビックリしてしまいます。いかに厚労省文科省歯科医師を過剰に養成したかということがよく分かるわけですが・・・。多くの人は近所の口コミや普段の生活で目に付く診療所しか知らないので、意外と近くに診療所がたくさんあることに気付いていないのです。また、たとえ診療所がたくさんあることに気付いていても、普段目にしておらず検索して見つけた診療所はどんなところか分からないので入りにくい。自然と普段目にしていて流行っている診療所や病院に流れるわけです。

  • 大病院志向なのは食わず嫌いと小売業の影響も

よく大病院志向といわれますが、その理由の一つとして診療所の診療レベルが低いのではなく、診療所を根っから嫌っている人が多いことも関係します。都市化した社会では自営業者である八百屋さんとか魚屋さんというのは少なくなりました。理由としてはスーパーなどの大型店の方がはるかに安く、品質も均質でブランドが通っているためです。その結果、多くの人が大型店や有名チェーン店にしか通わないようになり、地域の自営業者の店に行くことが少なくなりました(その結果が商店街のシャッター街)。小規模な自営業者に慣れていないので、まさに医療における小規模な自営業者である診療所に行くのにも抵抗を感じてしまうのです。特に民家と一体化していかにも古そうな診療所は初めてならば誰も好んで行きたいとは思いません。どういう医師がいるか全く想像できないからです。八百屋さんならばまだ外から中の様子をうかがうこともできますが、診療所は衛生上ドアを開放することはできないので余計にどんな人がいるのか不安になります。結局、不安が募ってスーパーと同じく、とりあえずちゃんとしてくれそうな大病院に逃げ込むわけです。(ちなみに日本が大病院志向になった70年代後半〜80年代はスーパーが急拡大した時期の少し後で、商店街がシャッター通り化し始めた時期と重なる)

こういう人は要するに食わず嫌いなので、そこまで優れていなくても一度いい診療所を見つけるとそこに通うようになり、かかりつけ医として考えるようになります(逆にいい病院を見つけたり紹介されるとそこに通ってしまい、診療所へなかなか戻らない)。実際、慢性疾患を持っていて診察を受ける回数が多い高齢者では高率でかかりつけ医を持っていますし、診療所の口コミも相当知っています。要するに、かかりつけ医が機能していない理由は、初めてだとかたまにしか来ない患者さんが情報不足と不慣れで小規模な診療所を毛嫌いしていることによるのです。
従って診療所が通りに面していてガラス張りになっていて、医師の顔写真が表から見えるようになっていたら大病院志向も少し収まるのではないかと思います。さらに診療所がチェーン店のようにブランド名をかぶせていて、チェーン内でコンセプトをある程度統一させていればさらに不安感はなくなるでしょう。もっともガラス張りということは中の患者さんの顔まで見えてしまうのでプライバシー上の問題は出てきますけれどもね。

あと料金の違いなんかもありますが、最近では軽症患者抑制のために病院が特別加算料金をとっている場合もあり、診療報酬改定でもその辺が是正されることになっているのでこれに関しては解消の方向に動くでしょう。

  • 駅前の診療所は夜9時ぐらいまで開いてくれると助かる

これは救急の崩壊とも密接に関係すると思いますが、共働きが増えたことや、リストラの恐怖や人手不足から仕事を休みにくくなったことにより、仕事帰りに診療所に足を運ぶ大人や保護者が増えています。ところが、仕事から帰ってみたら6時か7時ぐらいで診療所の大半は閉まってしまっているんですね。9時-5時の仕事なら電車で帰って6時ぐらいに診療所に行くことが可能ですが、1時間残業があればそれだけで診療所が閉まってしまいます。やむなく夜間・休日診療をしている病院へ行ったり、子供を連れて行ったりするわけです。確かに医師の「コンビニじゃない」「親の都合」という主張はよく分かりますが、都市化の中でライフスタイルが昔と完全に変化してしまっている中で、それを叫んだところでほとんど意味がありません。各親がそうしたくてやっているわけではなく、社会全体がそれを望んでいるからです。(最近はどこの店でも大晦日も営業するようになりましたしね)
したがって、駅前の診療所は朝は開かなくていいので夕方から夜9時ぐらいまで開いて欲しいと考えている人は多いと思います。関西では比較的そういうところが多いですが、全国的にはまだまだ少ない。その辺がすぐに病院に行ってしまう一つの原因にもなるかと思います。