医師養成拡大と言うが・・・

医師不足が全国的な問題になって1年近くになりますが、私の医師数に対する立場は去年からあまり変わっていません。医師は確かにOECD基準から見ても足りない。医師の過労死が相次いでいます。先日、公衆衛生の講義で「自分は何歳で何で死ぬと思うか?」という問いかけがあり、日本国民の平均年齢から推測して「75歳肺がん」などと書いている人が多かった中で、「50歳過労死」と書いたのは私です(笑)。
しかし、予算をちゃんとつけている限りは増やせばいいと思いますが、一度に増やす数はほどほどにすべきだということを、私は現役医学生としていつも主張しています。医学部の入学定員は医療費亡国論を元に1980年代から削減され、現在では下のグラフのようにほぼ一定数になっています。どこの大学も1学年80〜100人ぐらいですかね。

各大学は医学部定員がほぼ一定になった1990年代以降はこの基準に合わせて、教室や教育プログラムを作ってきました。教室や実習室の大きさや座席の数、PBLチュートリアルグループ学習室の数、解剖実習室の解剖台数、基礎配属や臨床実習の受け入れ人数・・・多くの設備がこの基準に若干の余裕を加味して作られています。1学年あたり5人や10人医学部定員を増やすのであれば、少し教室が狭くなる程度で、なんとか持ちこたえることが出来るでしょう。しかし、20人増やすとなれば、これは明らかに無茶です。ギリギリ詰め込めば可能じゃないかという人もいるでしょうが、それは「学生は落ちる」という重大な事実を無視している人の考えることです。学年によっては、その年の試験が難しかったり、学年のモチベーションが上がらなかったり、といった理由から何十人と落第してしまう学年があります。実際、うちの学年は本来は普通入学95人と学士入学5人で100人いなければならないのに90人しかいません。その代わり下の学年が110人になっています。私たちの学年は人も少なく、教室も広々と使えて学習環境が比較的よいのですが、1年下の後輩に聞くと、かなり教室が手狭で実習やグループ学習の割振り、日程も変則的になり、相当苦労しているそうです。しかし、聞くところによると3年から4年に上がるときだけで15人落ちた学年もあるそうですから、まだこれはマシなほうです。もし、現在の100人前提の設備のまま無理やり定員を120人に増やし、さらに15人上の学年から落ちてきて135人なんてことになれば、医学教育は完全に崩壊してしまいます。学習環境も最悪ですから、学生のモチベーションも相当下がり、質の悪い医師を大量に輩出することになるでしょう。国病構の矢崎理事長が懸念するように、病院実習や初期臨床研修の受け入れ態勢も混乱することは目に見えています。

もしたくさん医師を増やすのならば、各大学の定員を増やすのではなく、医学部や医大を埼玉・千葉・神奈川など10万人あたりの医師の少ない県に新設する、というやり方にしてもらわないと困ります。新たに医学部を立ち上げるのは、地元との調整もあるでしょうし、手間や時間のかかることですから、少なくとも医師不足の緊急対策にはなりません。

となると医師不足に対するアプローチとしては、現時点では医師1人あたりの仕事量の軽減という方向に向かわざるを得ません。医師が書かなければならない書類を減らし、一部の能力の高い看護師の権限を広くして、医師の仕事を肩代わりしてもらう。その分は医療クラークや新規に雇い入れた医療補助職にやってもらう。ある程度の質は保った上で、権限は末梢に徐々に委譲する。そういう方向でしか医師不足を解消することは出来ないですし、それに向けて医療界と行政が一丸となって取り組まなければ医師の過労死は際限なく増え続けると思います。私が自分で書いたことが現実になる日はもう30年後に迫っているかもしれません。