ヒッピーと感染症

今日も懲りずにニューエイジ関連のことについて少し。
アメリカ国民にとってベトナム戦争というのは相当な影響があったようです。今まで太平洋戦争、朝鮮戦争とずっと勝利を収めてきたのに、意味もないような戦争に多くの若者が駆りだされてNLFのゲリラ攻撃に苦しめられ、最終的に敗北を喫する。
そんな中でベトナム戦争従軍兵や反戦運動を行っていた若者が手を出したのが麻薬などの薬物でした。従軍兵は戦地での恐怖を克服するために、反戦運動家は絶望からの逃避と新しい異次元のものを求めて薬物に走ったのでした。ニューエイジ運動のもととなったヒッピー文化もまさに従来型の考え方、習慣に対抗するカウンターカルチャーの象徴として「薬物」と「音楽(特にロック)」そして「東洋思想」に異次元の感覚と魂の高揚を求めたわけです。ニューヨーク州ウッドストックで3日間に渡り、40万人を動員して行われた、実質無料の野外ロックコンサート「ウッドストックフェスティバル」などはまさにその代表格ともいえるでしょう。「薬物による高揚」と「平和と愛と自由」を目指したヒッピーですが、我々が現代イメージするような薬物中毒者のイメージとは違ったとも言われています。彼らは薬物を好みましたが、反戦運動をすることからも分かるように物質社会の矛盾にも気付いており、自然への回帰(back to nature)を目指したという点、薬物を濫用しながらも暴力には走ることがなく、柔和な点を持っていたことから、地域によっては多くの市民からも支持される存在だったようです。

ところが、ヒッピー運動によって麻薬やフリーセックスが広まったため、現在のアメリカは医学的に重大な問題を抱えています。それが肝炎やHIVです。最近の薬物は錠剤や粉末が多いため、血液媒介の感染症はそこまで増えていませんが、かつては薬物といえば注射針で刺すもの。日本でも戦後、敗戦のショックからヒロポンメタンフェタミン)の回し打ちが流行りました。ヒッピーで流行ったのはセロトニン受容体に結合するLSDという合成幻覚剤で、これは経皮吸収でも充分な作用が期待できるものですが、古典的な麻薬はやはり注射によるものが多く、この時代に若者だった世代に突出してHCV感染者が多いことが知られています。また、同様にして注射やフリーセックスによってHBVに感染するものもいたことが疫学調査から分かっています。HBVは垂直感染しますから、彼らの子供の世代にももしかするとHBV感染者が多いかもしれません。予防措置を取れば大丈夫なのですが。あと、肝炎ウイルスに感染すれば当然、肝炎だけでなく肝硬変や肝がんになる危険性が高いわけで、ヒッピーたちもそれに苦しむことでしょう。

本来は「自然に帰れ」なのに「合成」幻覚剤を使う時点で論理破綻している気もしないではありませんが、かつてはそういうのが流行ったんですね。戦争はそれだけで感染症と薬物中毒のリスクを増大させ得るということは経験上いえると思います。