扇状地と神戸

神戸は北は六甲、南を海に囲まれ、河口から山頂までの平均勾配が灘区・東灘区近辺では60〜100‰(海から水平距離3km地点で標高300m)に相当する「坂の街」です。しかも、河口から1kmぐらいは勾配のきつくないエリア(1km地点で20mとか)で、そこから先に一気に勾配がきつくなる(2km地点で100mぐらい)のが特徴です。なぜこんな地形になるのでしょうか?
六甲山系はいくつもの山が連なり、崩れやすい花崗岩質で地形も複雑、あちこちに谷や小さい川が存在します。こういう山のふもとでは、崩れた岩や土砂が水と一緒に谷から一気に流れ込むものの、平地部に出た瞬間に勢いを失ってしまい、谷の終端を中心に扇状に土砂が堆積し、下の図のような「扇状地」と呼ばれる地形が形成されます。扇状地の頂上を扇頂部、中央を扇央部、円弧の部分を扇端部と呼びます。河口から1kmぐらいはもともとあった平地や扇端部なので、ほとんど勾配はありません。一方、河口から1km〜2.5kmぐらいまでは扇状地の真上。当然勾配もきついわけです。そこから先は完全に山になります。

さて、扇状地では、上流から流れてきた砂レキ堆積物が多いため、川の水は扇頂部に達すると徐々にしみこんでいきます。そして扇央部では水量が減り、扇端部ではしみこんだ水が砂の中を濾過され、伏流水となって湧き出てきます。灘の酒に欠かせない「宮水」もこの伏流水が湧き出たものです(もっとも宮水は夙川近辺の水のことで、灘周辺の水ではないのですが)。
扇端部では湧き水により水量が豊富なため、比較的大きな集落が出来ます。昔からある御影村、魚崎村、芦屋村、打出村などはだいたい扇端部に出来た集落でした。一方で扇央部は水はけが良すぎて水田には向かず、あまり集落は出来なかったと言われています。扇頂部では六甲山からの石・木材の切り出し基地や米を精米するための水車小屋があったようです。


さて、文明開化を経てこの近辺にも鉄道が走るようになりました。北から順に阪急・JR・阪神が通っていて特に阪神と阪急の競争が激しかったというのは有名な話です。この鉄道の線路にも扇状地の影響が色濃く残ります。
省線国鉄、今のJR)は最初にこの地域に鉄道を引いたわけですが、大都市間を高速で結ぶということが目的だったのと(実際、当初の阪神間の駅は大阪、神崎(尼崎)、西ノ宮、住吉、三ノ宮(元町)、神戸だけだった)蒸気機関車の煙で酒の味がまずくなると反対が出て、集落から少しはなれた扇状地の上に線路を引きました。本当は真っ直ぐに線路を引きたかったのでしょうが、扇状地が連続する地域に真っ直ぐに線路を引くとアップダウンが激しくなり、蒸気機関車が坂を登りきれません。そこで、扇状地の等高線に沿って大きくカーブするよう線路を引きました。
一方、電車が登場して以後に阪神間を私鉄として最初に結んだ阪神は、できるだけ客を集めるために、扇端部にあった集落を次々と結んでいきました。従ってきつい勾配はないものの(高架化による勾配は多い)、やけに急カーブが多い路線となりました。
そして、新参者の阪急は小林一三の「線路を引いてその沿線を宅地開発する」というビジネスモデルから、扇央部から扇頂部にかけての誰もいない地域に直線の線路を引き、その周辺を住宅地として開発しました。その結果、直線区間が多いものの、アップダウンの激しい路線となりました。

さて、このように阪神間の文化や経済そのものを育んできた扇状地ですが、災害を引き起こしやすいのも扇状地の特徴です。なぜか・・・大きな綺麗な扇状地が形成されるということは何度も川から水があふれた、あるいは川の流れが頻繁に切り替わったということを意味します。そうでなければ土砂が満遍なく扇状に堆積することはないからです。「少年H」にも記載がありましたが実際に昭和13年には阪神大水害が起こって、神戸市のいたるところで洪水が発生しています。さらに、扇状地を流れる川は土砂が多いため天井川になりやすく、いとも簡単に洪水を起こしてしまいます。(天井川が多いからこそ日本で最初の鉄道トンネルが石屋川をくぐるトンネルになったわけですが)さらに花崗岩は脆いため、地震では大規模な土砂崩れも心配されています。今回鉄砲水が発生した都賀川近辺はまさに地震でも土砂崩れ危険地帯。景色や水が綺麗なのとは表裏の関係で、本質的に神戸は危険な場所が多いのです。

神戸に何年も住んでいる人ならばその辺の危険性は理解している人が多いのでしょうが、転勤族で大都市神戸に赴任してきたの人などにはそういう意識がない人も多い。普段は清流がちょろちょろと流れる綺麗な川が、突然濁流となって押し寄せる・・・でもこれも扇状地の本質です。普段は水は伏流水となってしみこむため、水量は下流に行くまで多くはありません。しかし、大雨の日には扇状地が水を吸収しきれず、勾配もきついために一気に水が下り落ちるのです。個人的に雨の日には河川敷に降りたくないですね。住吉川国道2号線・JRとの交叉部なんか梅雨の時期になるといつも濁流が河川敷にあふれ出ています。
今回の事件も痛ましい事件でしたが、私は「護岸で固めたから悪いんだ」というような意見には賛同しません。それは神戸を知らない人の意見だとおもいます。神戸は本質的に川を護岸で固めなければ、街が水浸しになってさらなる被害を生む特性を持っているからです。扇状地とはそういう土地なのです。
もちろん、それならば親水公園を作らなければいいと言う人もいるでしょう。しかし、普段の神戸の川は本当に綺麗で、生物も多く、河川敷を走っているととても気持ちがいい場所です。それを無くすというのはそれはそれでもったいないと思います。
結局、この問題は雨の日には河川敷に降りない、大雨が降りそうだったらすぐ上に上がる、警報装置を取り付ける、というような自治体と住民の防災意識の向上によって解決していくべき問題だと思います。