マンガン乾電池からアルカリ乾電池へ

先日、医療の役割に関して問題提起をしました。感染症から生活習慣病へという疾病構造の変化によってもはや医療は魔法ではなくなり、患者の私生活に干渉しなければならなくなった上に、医療の進歩によって余計に社会負担が増える構造ができてしまった。果たしてこれからの医療の意義とはなんなのか?というのが問題提起の内容です。
その答えは皆さんが考えてくれればいいのですが、僕自身の考えは「マンガン乾電池からアルカリ乾電池へ」というのが医療の役割だと考えています。マンガン乾電池は下に示すように徐々に起電力が低下していく電池です。一方、アルカリ乾電池はマンガン乾電池と違い、寿命が近づくまで高い電圧を維持し続け、寿命が近づくと一気に電圧が下がる電池です。一般的にマンガン乾電池とアルカリ乾電池の方ではアルカリ乾電池の方が長寿命とされていますが、それはアルカリ電池そのものの寿命が長くなったというのもありますが、電池の特性の変化によって機器が使えなくなる電圧に達するまでの時間が長くなったことにもよります。

現代の人間も同じことが言えると思います。これまでは生活習慣病の対策が不十分だったため、50歳代後半ごろから徐々に生活習慣病で倒れて会社をリタイヤ又は死亡する人が増えていったのに対し、医療の介入によりこれを右上へシフトさせることが出来る。もちろん、それだけであれば寿命が長くなるだけであり、社会負担は寿命の増加分だけ増えることになるが、アルカリ乾電池化によって会社をリタイヤする年齢を引き上げることができ、結果的に労働力の確保と社会負担の減少を同時に達成することが出来る。これが生活習慣病時代に医療が国家に貢献できる唯一の道であると。

定年の引き上げと聞くと「まだ働かせるの?」と思う方も多いと思いますが、決して悪いことばかりではありません。このごろの会社は定年が60歳ですが、その後の生活を考えるとやはり定年は引き上げたほうがいいのです。下のグラフは老後資金(それまで貯めた老後資金+退職金)をそれぞれ運用しない場合、年利1%、2%、3%で運用できたときの場合について、何年で資金がなくなってしまうかを示したものです。昔は医療が発達しておらず、平均寿命も70歳前後であったわけで老後資金について心配する必要は殆んどありませんでした。金利も高かったですしね。しかし、近年は医療の進歩により平均寿命が伸びており、老後資金を運用しなければ60歳まで生きた人の平均余命ごろまでには老後の資金は尽きてしまいます。しかもバブル崩壊後の景気低迷で低金利の状態が続いており、銀行に預金を預けているだけではほとんどお金は増えません。結果として投資信託などのリスク商品に手を出さなければならないわけですが、ご存知のようにサブプライム問題で元本割れを起こしてしまった投信も数多く存在します。長い老後というのはそれだけで人生設計のリスクになるのです。

この点を考えるとやはり、60歳が定年というのは早すぎるということが分かります。もし70歳が定年であれば(定年でなくても再雇用などで少なくとも70まで働くことが出来れば)、もう少し資金も蓄えられているでしょうから、100歳ぐらいまでは老後資金が尽きる心配がありません。それまでには多くの人が人生を全うしていることになります。

もちろん果たして一個人としてこういうことがいいのか、ということには疑問を感じていないわけではありません。医療が発達し、寿命が長くなった代わりに、働く期間も長くなる、そうしなければ資金が尽きてしまう・・・苦しみを増すだけの医療か?それぐらいなら医療の質を落として、生活習慣病の対策もせずに平均寿命を縮めた方がマシなのではないか?ということは少し思うわけですが、少子高齢化によって労働人口の低下と社会負担の増加が確実であるという事実を鑑みれば、日本の将来のために、子孫のために医療の進歩と定年の引き上げは必要ではないかと思う次第です。

手厚い医療を受けて寿命を伸ばす代わりに長く働くか、医療の質を落として寿命を縮める代わりに短く働くか。どちらがいいか、皆さんも考えていただければ幸いです。